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【コスモとスバルのドラッグなはなし】No.11 「西武堂1944」

西武鉄道新宿線は、(その前身を村山線という)1927年(昭和2年)に開通しました。初期は一両~二両編成。すぐに鷺宮駅は設置。

都立家政駅は、1937年(昭和12年)に、この年府立高等家政女子学校(現都立鷺ノ宮高校)が中野桃園から移転してきたので、新たな駅として設けられました。

第二次大戦中には男性がみな戦地や軍需工場に駆り出され、女性が車掌をしていました。また戦争が激しさを増すにつて、都民の糞尿が処理しきれず、その中継地(井荻)までの輸送を西武鉄道が担い、地元農家はこれを肥料として、活用したので、西武線は通称「黄金列車」とよばれました。

そんな中、1944年(昭和19年)、初代オーナーの尽力により、西武堂薬局は産声を上げます。薬の仕入はリュックを背負い、自分で考案した自家製剤に名前をつけて許可をとり、販売。当時処方箋は歯科のみ。二代目オーナーのN氏の時代に、制度改定やドラッグストアの進出など、波瀾万丈ながらも、バイタリティ溢れる経営をされ、西武堂薬局は成長をとげました。

どんな商店にも歴史あり。とりわけ、地域に根付いた長い歴史を引き継ぎながら、新生西武堂でよりよいサービスを提供したい。それが、バトンを受け継いだ現社長の思いです。(P)

(注:写真および文は、鷺宮の歴史をたどる会編「鷺宮の歴史をたどる(増補改訂版)」、および元オーナーN氏書簡を参考。一部編集してあります。)

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